子どもの瞳が輝くとき
joining.exblog.jp


Top ;Log-in
<   2013年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧
|
2013年 05月 27日 |
三日前に雨に飽きてきた、という記事のおかげか(笑)
今日は、夏のような晴れっぷり!

日曜が授業参観のため振り替え休日になった今日、
久しぶりに、家族でブラっと海カフェに行ってきました

沖縄本島南部にある南城市は絶景カフェが、わんさかあります
有名どころは、「くるくま」、「浜辺の茶屋」、「山の茶屋らくすい」
いずれも、かなりへんぴな場所にあるにもかかわらず休日は大変な賑わいよう

今日いってきたのは以前から気になっていた「cafe やぶさち」






晴れているので、海の色が綺麗~☆
平日でも、12時から急にお客さんが増えてきたので
ここにいく時は12時前に来店か、予約をしておいたほうがいいようです

沖縄のカフェには、こういった自然の情景を上手く活かしたところが多く
ぼ~っと座っていると、どんどん体のコリがほぐれていくような感じがあります

私は昔、大阪に就職して市内に住みだしたとき
なんだか息苦しさを感じて、意識的に週末に郊外まで足を伸ばすようにしていました
こういった人工物にばかり囲まれての生活がストレスとなるのは
人間も自然の中の一部であり、そこから切り離されてしまうと
生きる力が弱くなるのではないかと思ったものです

ただこのような感覚も、育った環境の中に自然があるからこそ感じ取れる機能が育つのであって
例えば、風情のある虫の音も、外国人にとっては騒がしいと感じられるように
もし乳幼児期から、自然を遮断されていたならば、通常より感覚機能が弱くなるのではないかと想像します

前回の記事で語彙の意味づけは感覚が伴うことではじめて生きた言葉になっていくと書きましたが
感覚が弱い場合、言葉、特に文章から意味を読み取り
イメージすることが困難になると言えるのではないでしょうか

私たちの言語は環境から生まれ、成熟していきます
国によって他言語に通訳のできないその国独自の表現が多く存在するのですが
例えば日本語は、雨を表現する言葉が非常に多く、
エスキモーが話すイヌイット語には、『雪』を表現する言葉が多く存在するように
(この説に関しては諸説さまざまですが)
生活環境というのは、言語ひいては思考に直結していくものと考えられます

今の環境がちょっとイマイチと思っているなら
どんな環境なら、自分が「あぁ、気持ちい~」と感じられるのか探ってみるのもいいですね



↓ ポチっと035.gif
にほんブログ村 教育ブログ チルドレン大学へ

子育て
2013年 05月 24日 |
a0137922_815483.jpg
梅雨の沖縄です
連日の大雨にちょっと飽きてきたので、快晴の写真をUPしてみました
早く、夏よ、こい!

さて随分久しぶりのブログです
ここ2週間ほど、エネルギー出しまくりでバタバタしていました
昨日は久々に時間が空いたので本の整理をしていたら
1歳頃に、繰り返し読まされた絵本に目がとまり
しばし昔にもどって絵本タイム

そのころヘビーローテーションでボロボロでなるまで読んだのは、定番中の定番
「おつきさまこんばんは」
「きんぎょがにげた」
「おやすみなさい おつきさま」

読んでいる途中で眠くて眠くて、
息子が絵を眺めている間に数秒だけ寝る!というワザを駆使してましたっけ
かなり色んな本を読んできましたが、やがて息子も好みが出てきて
2歳~3歳のころは五味太郎、センダック、マーガレット・W・ブラウンばかりだったような。。。
私自身もマーガレット・W・ブラウンの流れるような文章が好きで
繰り返し読んでも飽きるということがありませんでした

息子はおふざけ路線が好きで、今のお気に入りはロアルド・ダールですが
気がついてみれば、読み聞かせももうすぐ10年になります
こうやって一緒に読書を楽しむのもやがて終わりになるのかなぁと思うと
読書熱、再燃焼!
今のうちに読んであげたい本の、チェックをしまくっています(笑)

ちなみに、読み聞かせを多くしたからといって
読書好きになる、とは限らないことが、しばしばあるようです
息子の友達で、わが家の本棚を見るなり
「ぼくは本が嫌い!」
と言い放った子がいました
この子の親御さんはかなり教育熱心なタイプで読み聞かせも熱心にされていたようなのですが
子どもの心に寄り添わない形のいわゆる教育目的での読書となると
なかなか難しくなってしまうように思います

うちの場合も、かなり工夫をこらさないと読み聞かせさえ受け付けないような手ごわい子でしたし
小学生になっても自分から読書をするという姿は見られなかったのですが
そういったことにとらわれず、単に読み聞かせを続けているうちに
気がついたら、一人で本にかじりついている(ホントそんな感じ)姿が見られるようになってきて
(あら、自分で読んでる!なんで?)
と私が、ビックリしたほど


さて、読書を奨励する教育者の多くは
「豊富な語彙の獲得」
を第一に述べられることが多いのですが
語彙の意味づけは感覚が伴うことではじめて生きた言葉になっていくのですから
日常生活における体験、特に家の外における活動を幼児期に意識して行うことが重要となってきます

文章を読むという行為には、多くの複雑なステップが必要となります
このことについては、「奇跡の脳」(ジル・ボルト テイラー (著) )が参考になります
かいつまんでこの本の内容を紹介します

ハーバード大学で脳神経科学の専門家として活躍していた著者はある日、脳卒中に襲われ幸い一命は取りとめたものの脳の機能は著しく損傷、特に左脳に損傷をうけたため言語中枢や運動感覚にも大きな影響が出たため、意識はあるが喋れない、動けない、まるで生まれたての赤ん坊といった状態になります。

8年間かけて驚異の回復をするのですが、その過程において外世界を私たちがどのように認識し、情報を獲得していくとかといったことを、体験談により語られています

例えば、”文字を読む”といったことさえ彼女にとっては非常に困難な作業でした
まず、文字に目を焦点を合わせる、形を認識する、その形が何を表すのか記憶と一致させる
その意味を繋ぎ合わせて、意味することをイメージする、などなど
私たちが今、瞬時にやってのけていることには、非常に多くの能力が必要とされることがわかります

(参考:TEDのスピーチ)


子どもの成長過程を見ていると、常に右上がりというふうにはいかず
あっちが伸びれば、こっちが下がり、しばらく停滞したかと思うと急上昇といった
予測のつかない広がりがあります
これはたった1つの動作に対しても、様々なことが関連し合い影響を与えるからで
その多くは環境から子どもが自ら獲得したものに依ると考えられます

子どもの環境は、私たち親が用意し整えるものですから
自分の意識している事柄や、ましてやTVやビデオなど大きな刺激を与えるものとの関わり合い方は
気をつける必要があるのは、改めて書くまでもないことですよね

なんでこんな話になったのか?
絵本のトピックだったはずなのに。。。034.gif


↓ ポチっと035.gif
にほんブログ村 教育ブログ チルドレン大学へ

子育て
2013年 05月 02日 |
ポートライナーから見た神戸
a0137922_15192695.jpg
GWの前半は私の実家のある兵庫県に行ってきました
いつも伊丹空港を使っていましたが、大阪に用事はなかったので
はじめて神戸空港を利用

こじんまりとしつつも新しいので非常に設備の整った良い空港です
ちなみにこの時期、ANA、JALを利用すると那覇―大阪間は往復で1人5万円ほどですが
那覇―神戸間スカイマーク利用だと半額の2万2千円
ついでに、那覇―関西空港間ジェットスター利用だと往復でなんと、1万4千円でした!
(※ジェットスターは日によって運賃はかなり変動します)

三宮(神戸の中心)でランチをしつつ、町並みを眺めていると
学生時代の思い出がグワ~っと蘇ってきます
私は就職してから大阪暮らしだったのですが
やはり大阪と神戸では、まるっきりセンスが異なるため
大阪に移ってからも神戸までしょっちゅう買い物にきていました

沖縄に移ってから、こうやって神戸の街を歩くと
より鮮明にその違いをクッキリと感じてしまいます

同じようなことが実家に行ってからもありました
まず最初に山の緑に目が釘付けに!
年に数回、毎年実家には帰っていたのに
なぜか沖縄から移動したこの日は、自然の風景の違いがハッキリとわかりました
葉っぱの色、木の形、山の形、空気の匂い
まるで、はじめてそれらを目にするがごとく
あらゆるものの特徴が目に飛びこんでくるのです

海外に住むと日本のことがよりわかるようになる、という話を聞きますが
それに似たような感覚かもしれませんね


今回の帰省で衝撃だったことが、もう1つ
私の実家はバスも通わないほどの超田舎であります
田園の広がるのどかな山間の村で、近所づきあいやら
村の決まりごとやら、やたら人目を気にしないといけない日本的な村なんです

で、ある日の夕方のこと
お寺さんがお仏壇にお経を唱えに来られ
その後、母と世間話をして帰っていかれたのですが
「住職さん、もうすぐ結婚式があるのよ」と母
(えっ? でも、、、そんなに若くはなさそうだったけど??)
「お子さんの結婚式?」
「本人よ、56歳なのにねぇ」
(どひゃ!)
「相手の人も50代で...」
「2回目?」
「それが、2人とも初婚」
(ひえ~~!!)
そうか、そういうのもありなのか
そのあと母によって住職さんの意外な人物像が判明したのですが、これが面白くて
どうも寺で説法をしているだけでは、人が集まらないということで
自ら楽器(たしかギターかウクレレ)を演奏し、他にもミュージシャンを呼んだりと
さまざまなイベントを企画するとてもアクティブな方なのでした

いやぁ、お坊様ってお経を唱えるだけではなかったんですね
(普通はそうでしょうけど)
みんなが参加しやすい場を自ら作っていくという意識は立派でございます


一つの環境に長くいると、自分でつくった枠に気がつきにくくなります
でも、じつは自分の常識は世界の非常識かもしれない(笑)
意識的に生きると、1つのことからより多くの事が見えてきますね



↓ ポチっと035.gif
にほんブログ村 教育ブログ チルドレン大学へ

子育て
PageTop
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
草原 Skin by Sun&Moon
Photo by オガワナオキのフリー写真素材集