子どもの瞳が輝くとき
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2015年 03月 19日 |
あの寒さはどこへやら
すっかり陽気な沖縄です

半年ほど前から、お笑いに目覚めた息子と
昨日、国際通りに今月OPENした「よしもと沖縄花月」に行ってきました♪


HPから出演者がわかるので、息子がLOVEのバンビーノを狙ってチケットGET
200席弱という小さなキャパの劇場ですが
平日ということもあり、半分くらいの埋まり方で
最前列センターの席がとれました(自由席なんです)


大阪のよしもと劇場でも、バンビーノをみましたが
そのときは「ダンソンネタ」は、やってくれず
沖縄初だから、今日はやってくれるかな~と期待しつつも
登場したときは、あのコスチュームではなかったので
あぁ、残念

ところが、

やっぱり、リズムネタブームを逃すはずがありません
他のネタもからめつつ、しっかりダンソンもやってくれました

さらに

「会場のお客さん一人、一緒にやりましょう」

と、呼びかけが

息子がピクっと反応するも、やや躊躇していると

「お子さんでもいいですよ~」

としっかり目線が息子を捉えていたので
ステージに上がらせていただきました

かぶりものをつけ

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ダンシングピストン族に誘われて

捕獲!!! 

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このネタのファンなだけあった、なかなか上手く動け
お客さんの笑いもいただき大満足

おまけに通常、撮影は禁止ですが、このときはバンビーノさんの計らいで
「撮ってもらっていいですよ~」
っと、息子と絡んだ撮影ポーズをいくつもしていただき、感謝感激
ラッキ~でした


ダンソンってこれです



でもね
不思議なことに、ひょっとしたら、一緒にネタをやってくれるかもって
予感があったんですよね
もちろん、ふだんバンビーノさんが、そういうネタ振りをしていたことは全く知らなかったのですが
なんだか、そうなるべくしてそうなったような感じ

最近、こういうことが多くて

例えば、大阪に息子と私が大好きなレストランがあり
「あぁ、これが沖縄にもあったら・・・」
と言っていたら、本当に出来ちゃったり(いやぁ、ビックリしました)

もっとレジャー施設があったらいいのにね、と言ってたら
USJが出来るかも?とか

行く予定にしている私立校が、IB資格認定校になったらいいのに、と思っていたら
先日、認定校になっていたり
(昨年の時点で、日本の高等学校の卒業資格が得られる学校でIB資格認定校は
全国で7校だけだったんですよ)

もっと細かいことをあげていくと、キリがないくらいあって
なんといいますか、不思議な感じ


ただ、このことは偶然の一致とか、引き寄せとかではなく、
こういうことも言えるのじゃないかなって思うのです

「正しく問えば、自ずと求めるものが得られる」

これは普段ネットを利用しているときに、強く実感していることで
正しいキーワードを入れると、サクっ!と一発で欲しい情報が出てきますが
私のダンナさんのように、そのキーワードの選定が、ズレていると
いくら検索しても、なかなか情報が出てこない
なんてことに、なるんですよね

正しく問う、ということは自分が何を欲しているのか、明確になっていることが大事

でも、それだけ
なんてシンプルなんでしょう

と思うこの頃でした



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2012年 12月 21日 |
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先日、45歳のお誕生日をむかえました
ホームパーティのときは、参加者さんが一品持ち寄りというルールなんですが
ヘルシー嗜好の友人たちのおかげで、いつも美味しい手作りのお惣菜をいただいています
デザートもケーキから和菓子まで、手作りという嬉しさ067.gif

お肉大好きだった息子は、沖縄に来てからあまり良質のお肉に出会えないおかげもあり
あっさりしたものを好むようになってきて
今、一番大好きな食べ物は、なんと、千切りしたキャベツ!
あんなに葉物野菜が嫌いだった子が、変われば変わるものですね


さて、年末が近くなってくると、色々なことが浮かんでくるのですが
特に最近は『生きる』ということに、気持ちが集中しています

息子が4歳のとき、こういった会話があり
http://chirudai.exblog.jp/8728080/

『人生とは、生きるっていうこと』
というシンプルな教えに行き着きました
私は、今と昔を比べてみると、昔のほうが人の命が軽い存在に思えていましたが
どうも、そうではないように最近思うのです

たしかに、昔は何かあれば容易く命が奪われるといった環境でありましたが
(ex.罪を犯すと死刑が当たり前だったり)
そのぶん、人の命の重さを実感させられていたように思います

現代は他人からは命を奪われることが減少しているものの
自分の命に対する執着が薄いように感じます
これは生物学的にみると非常に危うい状況ですが、一種の自然淘汰??


ここで少し、いやかなり話が変わりますが
私は、映画が大好きで色々なジャンルのものを観ています
でも必ずハッピーエンドのストーリーじゃないとイヤなんですね
映画というのは、必ず主人公にとって
『もう、ダメなんじゃないか?』
と思わされるような問題が幾度と無く起こります
最後には必ず解決できる!とわかっていなかったら
ドキドキして、観ていられなくなるのです

で、ですね。
またまた唐突ですが

私は、人生は必ずハッピーエンドだと思っています
なぜなら、宇宙の法則がプラスだから
たとえ他から見たとき、イマイチな人生だったとしても
その人にとっては、物事は起こるべきして起こっているのであり
そこから逃げないで、人生に挑んでいったとき
ハッピーエンドでその生が終わるのではないかと思うのです

特に、自分自身のこだわりであったり、エゴなどが大きいと
自然の流れとの間で摩擦が起こり
それがストレスとなったり、スムーズな流れを妨げるんだろうなぁ、と推測しています

若い頃は、自分というものを確立するために
色んなことを身に着けていく必要がありましたが
年とともに、今度はそれを1つ1つ手放し
身軽になって新たな視点で人生を送っていくものなのかな、と思ったり

自分にとっては、なぜかこの5年
50歳になるまでの5年間が、人生一番のエネルギー最大出力で
生きなければならないような予感がしています
非常にワクワクしつつも、冷静に分析している自分もいたりで面白いですよ^^



今日から封切りの『レ・ミゼラブル』
観にいくど~070.gif






お友達のあーちゃんがバナーをつくってくれました
ありがとう~♪
あーちゃんのブログに行くと、クリスマス絵本がズラっと紹介されていて
いつも参考にさせてもらっています
http://blog.livedoor.jp/a_a__chan/




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子育て
2012年 10月 31日 |
昨晩、友人のお店のハロウィンパーティへ親子で参加♪
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息子はパイレーツスタイルで
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パーティには色んなコスチュームの人がいて大盛り上がり069.gif

しかし、不思議ですね
いつもと違う格好をすると、何故か振る舞いまで違うキャラクターになる
で、この普段と違う自分ってのが楽しくて
日本でハロウィンが定着したのは、変身願望が強いせいかなと思ってしまった

じゃあ、普段の自分って何なわけと思いませんか?
変身したいなら、コスチュームが無くても自分の気持ちひとつで変われるじゃない?

しばらく前に息子がこんな質問をしてきました
「自分探しの旅って意味があるの?」と

なにかの本でそういった話を読み興味をもったようです

「自分はどこにいる?」と私
「自分はここにいるよ」

「じゃあ、旅に出て探す必要はあるの?
探している間の自分って、どうなっちゃうの?」

あなたは、どう思います?


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子育て
2012年 09月 17日 |
ニュースを見ると、台風16号の被害があちこちで出ていたようですね
私の地域は全くいつもと変わらずだったので、ビックリです

昨日も、風がおさまった午後から家族で北谷までドライブ
休業のところが多いので、事前に目的地の営業状況を確認しました

北谷といえばこちら
お気に入りのアカラギャラリー
版画家の名嘉睦稔さんの美術館とショップのある素敵な空間です
HPには臨時休業とありましたが、ギャラリーは営業していたので行ってみることに

現在の作品展は『人間への手紙』シリーズ第2通『差出人-生きもの』

一番奥の空間は圧巻です
命の渦に巻き込まれるような躍動感、神秘、様々な意識のエネルギーが流れているような感じ

「大礁円環」



右手にある作品は、今回のテーマのために制作された新作「人間への手紙」


パっとみた瞬間、魂の奥底まで覗き込まれるような感覚
私は「命の終焉」が全面に出た作品と感じましたが
しばらく眺めていると、それは命の序曲でもあり、生きる糧でもありといった
様々なイメージが浮かんでくる

この「人間への手紙」はシリーズになっています
是非、こちらのインタビューも読んでいただきたい

名嘉睦稔(ボクネン)インタビュー【前編】

名嘉睦稔(ボクネン)インタビュー【後編】

ボクネンさんが制作している瞬間は、まさに神がかり的で
版画を彫るというより、神事を行っているような空気感があるとか
ダンナさんだけ実際に何度かお会いしたことがあり
「仙人みたいな人」と表現していました

そのせいかボクネンさんの作品からは、何か自分の奥深いところを揺さぶられるといいますか
その瞬間すべてを忘れ、忘れたあとに自分のいるべきところに戻されるような感覚があります
作品を見る機会があれば、是非どうぞ

(3分30秒あたりに制作のシーンがあります↓)



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2012年 06月 25日 |
言葉の力についてふっと思いついたことがあり、つらつら書いてみようと思います

息子が
「蚊ってさ、なんで”か”なんだろうね?」
と言いだし、確かにそうだと思った私は
「じゃあ、蚊に”か”以外でピッタリの名前はある?」
と聞くと
「”ふ”とか? ”ぽ”とか? う~ん、やっぱり”か”じゃないと変」
と息子

そこで蚊をネットで調べてみると、非常にもっともな語源が出てきました
⇒ 語源由来辞典

言葉には、それを裏付ける意味が存在しそれゆえ言葉を聞いたとき文字ではなく
そのもののイメージが浮かぶのかもしれません


これは、英語を聴いたときにも強く感じます
母国語である日本語の場合、言葉の裏にあるニュアンスまで伝わってきますが
第二言語で習った英語だと、映画のセリフのように薄っぺらく感じてしまいます

先日、息子の英会話で、あるレベルが修了したため評価レポートをいただきました
そこには担当のネイティブの先生から

「Sho has excellent memory and pronunciation. His speaking had inproved very much. He is good reading English letters and identifying words. 」

という、なんとも素晴らしいコメントが寄せられていたのですが
これよりもシンプルに書かれていた日本人スタッフさんによる日本語でのコメントのほうが心に響いちゃったんですね


これって、母国語と第二言語の違いなのか
あるいは日本語が特殊なのか・・・
英語で話すときと、日本語を話す時では脳の可動域が異なり
メンタルも変わってしまうような心地になるのですが・・・・


まあ、論証は専門家におまかせするとして
私は個人的に、日本語というのは、言葉の響き自体に何か意志があるように感じてまして
簡単の言うと「言霊思想」なんですが、息子にも、
「口に出した言葉は、たとえ相手に向かって言った事であっても
全部自分に返ってくるんだから、気を付けようね」
と、言葉遣いをたしなめることがあります

この記事を書くにあたり「言霊思想」をググってみると

仏教の伝来と漢字が普及する以前の日本は、八百万の神を信仰し
言葉にも「言霊」(ことだま)のいう霊力があると考えていた。
ヤマト民族の固有語である「大和言葉」では、「事」と「言」を区別せず、「言」の一語で表す。
「言説」と「事象」を、峻別しなかった。
「死ぬ」という不吉な「言」を口にすると、本当に「死ぬ」という「事」が起きると考えていた。
このような考え方を「言霊思想」という。

そのような言霊思想をもった古代ヤマト民族の目には、漢字は、言霊を封じ込めて保存する異質なものでありまた、神も形で表すことをせず、神は一時的に身近な石や山に降りてくるのみで見えない存在であり、形に表すことなど思いも及ばなかった。


とされている
面白いですね、こういうことを調べていくとワクワクしてきます027.gif

言葉というのは、自分以外のだれかとコミュニケーションをとるためのものですから
環境によって、成り立ちが大きく異なり
具体的に言葉で表すことを嫌ったヤマト民族の感覚は、今も日本人に強く残っているのかなぁ、と思ったり
だからこそ、空気を読む、とか情緒を感じるなどの力が強いのかもしれませんね

けれど、やはり時代とともにこういった感覚は薄れていっているようで
それゆえ、コミュニケーショントラブルが増えているように思うのです

私は言語としての日本語が大好きなので、これ以上衰退してほしくないと思い
まずは、子どもに読み聞かせっと
そうなんです
特に、英語も習っている子たちには倍以上、日本語での読み聞かせも必要ではないかと思っているので
引っ越し後も読み聞かせのサークルを立ち上げようとメラメラしているところです


言葉の力については、もっとマニアックに感じていることがあるのですが
まだ言葉でおりてこないので、またの機会にまとめてみようと思います029.gif


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2012年 05月 22日 |
前回(自由と秩序による創造力)のテーマを続けます

しばらく前に私は、Mixiでこんなつぶやきをしました
「物事はすべて「必ず」2つの要素で構成されていて、生と死、生産と消費、
光と影というように相反する要素が対になってこそ存在出来るのです。」

紙に裏と表があるのは当たり前のことと認知されていますが
それが全ての現象に当てはまると認識したとき
私は、創造主の英知を感じゾワ~!っと鳥肌が立つほどでした

2つの相反する現象が1つの物事の中に存在し
どちらの現象を体験するかは、そのときどきによって変化していきます
コンピュータを動かす二進数のように組み合わせ次第で
膨大なパターンの結果を生み出していくのです

先日の和久先生の講演会の中で一番強く残った言葉がこれです
「生命は1秒ごとに変わっている」

私たちは、既存の型にはめ込むことで、物事を分類し認識しようとしますが
子どもに対し「この子は、こういう子だから」と決めつけるのは
常に成長している生命に対し、全く意味がないばかりか
健やかな成長を阻害する要因になりかねません


さて、、、実はこのあと、グダグダと子どものしつけについて書いていたのですが
これこそ、過干渉であると思いましたのでザクっと削除しました(笑)



「自由と秩序」という相反する本題に戻りますと
ここにも創造主の英知の煌きを感じさせられます
人は本能的に自由を求め行動し、やがて自由の中に存在する秩序を感じ取り
繋がりを強化することで生きる力も増していくものと考えられます

光を見ることで影の存在に気づくように、自由を獲得しようとすることで
この世に存在する絶妙な秩序とバランスに気づかされるのです

宇宙の原理は、体の中の小さな細胞の中にも存在し
秩序を保ちつつも、変化し、広がっていきます
この世の不思議を、自分の力で探究しようと歩み出す子どもに
私たちは何ら口を挟む余地は無いでしょう


子どもは、皆すべて素晴らしい才能をもって生まれ
その力を発揮せんがために、色んなことをやらかしてくれます
子どもたちの作品を見ると、生き生きとした命の輝きと無限の可能性を感じます

けれども、それは子どもに限ったことではないのです
私たち大人も、ギフトを持ってこの世に生まれ出たのです
私たちは人生の傍観者ではなく、自分だけの類まれな力を内に秘めているのです

私たちは、素晴らしい才能を持ち
これからまだまだ成長し
そして、愛と祝福によって存在しているのです


今、目の目にいる子どもと自分は、生きた時間が違うだけで
本質的には同じ生命なのですから




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2012年 04月 27日 |
2010年に書いた「教育のビジョン」という記事を読み返していくうちに
色んな想いが浮かんできました
今日はちょっと、マニアな話になるかもしれませんがご勘弁を004.gif

こちらの記事も閲覧していただくと、わかりやすいかもしれません
⇒ 「人から人へ」


上記の2記事に書いたことは、今、更に深まってきています
繰り返しになりますが、私は現代における様々な問題の原因は
「個に分断された意識」
によるものだと感じています

一昔前は、エネルギーの高いカリスマ性をもった1人の強いリーダーに
その他大勢の賛同者が集い集団が形成されていましたが

現代は個の自意識が強まる中で、自分を保とうと他から自分を隔離する傾向が強く
そうすることで、全体的なエネルギーが低くなっているように感じます

けれども、そんな状況の中で
人は自分に無いものを求める傾向があり
そして成長し、より良くなりたいという本能を持っています
この本能によりここ数年は、
「人とつながる、自然とつながり共に生きる」という共生意識が高まってきています
2011年の震災により、この意識は更に増幅しています

私自身を振り返ってみても、ここ数年で大きな意識の変化がありました
以前は、人との関わり合いがわずらわしく、人に自分を合わせるくらいなら
無人島で一人で暮らしたい、と思うほどでした(本当ですよ)

それがいつの間にか、もっとつながりを深めたいと思うようになっていました
子どもを育てていく中で、原始的なスイッチがONになったのかもしれませんね

こういったことを踏まえ、これからの世界を考えるとワクワクしてきます

なぜなら

それぞれ独立した意識をもった個人が、共に歩もうとつながりを持った時
一昔前とは、まったく違う非常にパワフルかつ繊細、強靭かつ柔軟な
多様性をもった思いやりのあるコミュニティが形成されるのではないかと推測されるからです
1つの強力な意志に統一されるのではなく、それぞれの多様性を認め合い、補い合い、増幅し
時とともにどんどん成長していくようなイメージを持っています

もっと簡単に表現すると

昔の家族をイメージすると、サザエさんに出てくるような
ドカ~ン!と強いカミナリ親父さんがいて一家の大黒柱と形容されるように
家族をささえていました

今は、どうでしょう
そういった、リーダーシップをもった親は少なくなり
家族みんな横並びで、それぞれが自分の事で一生懸命
ちょっと人のことに口出ししようものなら、急にイザコザが発生する、といった感じ?

けれど、

自分のことは全部自分で面倒がみれる家族のメンバーがいて
更にお互いを認め合い、思いやり、尊重しあいながら生活していくとしたら?
そんな社会になったとしたら?


最近のTVのニュースは、相変わらず一方的な情報が多く
何も今までと変わり映えのしない明日がこの先ずっと続くかのような錯覚を覚えます

けれど、私はいつかきっと社会は大きく変化すると確信しています
それは今も、目に見えないところで少ずつ動いているかもしれません



未来を担う子どもを育てている私たち親の責任は重大です
私たちが彼らに寄せる想いが、未来のビジョンとなり現実となっていくのですから


今の私の教育のビジョンは
「こうしよう」とかいった固定観念を全部はずし
自然にお任せし、子供を信頼し愛すること、につきると思っています


まあ、本音を言えば
背が高くてユーモアのわかる男前になってくれたら言うこと無しですが(笑)


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2012年 04月 15日 |
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1年前の今頃、どういった心境だったか思い出すことはできますか?

私はとにかく、ソワソワ、ドキドキで情報収集にあけくれていたように思います
そのときと比べると、今のまぁ、呑気なこと
ひととおり調べ、情報の読み方がわかってきたということもありますが
震災後の心境を確認すべく1年前のブログ記事を覗いてみると

真実はどこにある?(2011年4月12日)
政府の対応は今もほとんど変わらないんだなぁ(いや、更にわやくちゃかも・・)


最近、ハッキリとわかってきたのですが

頭で考えて理屈で理解できることは、重要ではないんだと
それとは逆に
感情というのは理論と比べると抽象的であやふやなイメージがありますが
実は、真実に一番近いもので
今の自分を一番素直に表現し、必要なものを提示しているものだと思うのです

頭で考えることは、思考だけに留まり行動を促さないけれど
心で感じたことは感情を呼び起こし、行動に結びつくんですね


推理小説にこんな一節がありました
目撃者の証言をひととおり聞き終えた探偵は
「なんとなく~だと思う」
という抽象的な証言を一番重視するのです
「なぜ、あんなハッキリしない証言を信用するのですか?」と問われると

「”こういうものを見た”などの具体的な証言はその人の思い込みであることが多い。
けれど、”なんとなく”という言葉の裏には、直観で真実を読み取っているケースがあるのだよ。」


私の友人に、この春からお子さんを鹿児島の山村留学に送り出した方がいます
千葉県在住で、震災後からいかに子供を放射能汚染から守るか試行錯誤を重ねられていました

同じような状況の方の参考になればということで
その記録をブログに綴ってくれています
屋久島の自然環境が非常に興味深く、こういった子育てもあるのかと参考になります
是非、ご一読ください
⇒ 一人っ子くんの巣立ち・・・屋久島留学記録・・・


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2012年 03月 28日 |
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アトリエでのたくさんの積木の回
高~く積み上げたこの作品は、モン・サン=ミシェルをイメージしたもので
制作前に、資料を見て作りたい形を膨らませていました
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最後に海に見立てた木製ビーズを敷き詰め完成!

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このビーズが子供たちに大うけで、ずっとさわって遊んでいました

古から高い塔は”天に近い”ということから「信仰用」で「祈り」の対象となっていたようですが
昨今は、権威を象徴するものに変わってきておりその在り方はまるで「バベルの塔」を彷彿させるようで
「高かったらどうやねん!」とつっこみをいれたくなる私です

それに関連して昔から、私が疑問に思っていたことに
「人はどうして、今よりもっと!を求めるのか」
というのがあります

求めるものには限りが無いと同時に「今はまだ不十分である」という認識を伴うことから
何か満たされない虚無感を抱くと思うのです
もし、「今のままで100%完璧だ」と思えたなら、どれだけ満たされた心地になることでしょう

けれど、もし「今に満足」してしまったら、今以上の発展や可能性は閉ざされるわけで
そうすると「満たされない気持ち」のほうが健全なのかと思ったり


で、ですね

先日、実家へと高速道路を1時間走っていた時にふわ~!っと降りてきたイメージがあって
それが消えないうちに、言葉に表しておこうとこの記事を書いているわけですが(長い前ふりだ~)

話を整理すると
「今より、もっと」という気持ちは人の遺伝子に組み込まれた呪文のように
たえず私たちに、つきまとっているのですが

そこに「愛」があるか、無いかでまるっきり正反対のものになるのではないかと・・・

「愛のある成長」は発展し、豊かさをもたらします

けれど

「愛のない成長」は衰退し、崩壊していきます

親子関係、社会生活、政治、経済、技術・・・

全てのものに当てはまるように思いますがどうでしょう?
行為は同じでも、それに携わる人の想いひとつで結果は大きく変わってくるのです

人はそれぞれ、色んなテーマを持っていて、様々な活動をしていますが
求めるものをひとつの言葉に集約すると

「幸せになりたい」

ただ、それだけなんですよね



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2011年 11月 27日 |
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最近のブームは野球ゲーム
ただし、さすが二年生
ルールの細かいところが曖昧なので言ったもん勝ちで進んでいきます(笑)

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ちょっとぶっそうなタイトルですが
先週、私は今までの人生の中でいっちばん自分の死を実感することがありました
いや、ほんと、一時かなりシリアスになっていたんです

というのも、急に胃の調子がおかしくなり
吐き気と鈍い痛みと膨満感で、食欲不振が4日くらい続き
食道から胃にかけて異物感があり、非常に気分の悪い状態でした

下痢や発熱は無かったのでまっ先に頭に浮かんだのは「胃癌」
しかし胃癌は自覚症状が出るようでは既にかなり進行しているはずなので
体調不良の間、色んな事を思い浮かべてしまいました

例えば、姉を胃癌で亡くしたばかりの両親の心痛が心配なので内緒で治療したいとか
そうなったら入院中、息子のあずけ先をどうしようとか
治療しても良くならない場合に備えて、やっておかないといけないこととか

用意周到なA型さんなものですから
さまざまな事をシュミレーションした結果

「まだまだ、死ぬわけにはいかん!
私には、やらないといけないことが山ほどある
こんな私が病気なんぞで死ぬわけがない」

と変な確信が芽生えた瞬間!

ひょっとして、あれのせい?
と胃の不調の原因がなぜか、わかったんです

恐らく先週買ったカシューナッツじゃないかと・・・
もしそうならこの急な症状がすべてピタっとあてはまるので
試しにちょっと食べてみると
やはり、しばらくしてから喉が腫れるような症状がでてきて胃もムカムカ

これか~!!!

その後、体調不良は戻りました
調べてみるとカシューナッツアレルギーってあるんですね
あぁ、びっくりした


けれどこの症状のおかげで今、自分が存在していることを確認することができ
また先月、亡くなった姉がどんな思いで闘病生活を送っていたかを
ほんの少しですが体感することができました

そして、もう大丈夫ってわかったとき
いつも見ている風景が輝いて見えたのです
「生きているって凄いことなんだ」
そう、素直に思えました

死は誰にでも訪れます
又、いつやってくるか、わからないというやっかいなものでもあります
けれど死があるからこそ、生が輝くのだと思っています

すべてを全うして人生の終わりを迎えるとき
どんな自分であるのか、ということが大切であると感じます
そこには、どんな地位についたかとか、どれほどの財産をつくったかとかなんて全く意味がなく
ただ等身大の自分自身の生き方が問われているように思います

だからといって無理をして世の為、人の為に働くということでは無く
ん・・・言葉にするのは非常に難しいですね


ちょうど先日、来日されたブータン国王夫妻の姿と言葉に
何か今まで忘れてしまっていた大切なことを、ふっと思い出したり
気づかされたりした人が多かったのではないでしょうか

私は、もし自分が創造主であったとして
地球すべての国のうち一つだけしか存続させることができなくなったとしたら
ブータンのような国を選ぶだろう、と思いました

あぁ、どんどん脱線してく
長くなりますので、この続きはまた後で029.gif



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